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花の終わりの過程を自分になぞらえて。

若い頃には考えなかったこと。 

段々と寒くなってきましたね。今日で11月も最後です。

朝起きると室内がひんやりとしていて、あぁ冬が来るな、、て思います。


日向ぼっこのベスさん


今年の9月、私の誕生日に花のプレゼントがありました。

決して自分では買うことがない、とても素敵で立派な花束でした。

いただいた花束

しばらくはそのまま、生のお花を思う存分楽しみました。

ドライでもプリザーブドでも感じることがない、生だからこそのフレッシュな雰囲気とエネルギー。

活力をいただく感覚でした。

いただいた花とベスさん

短く命を終える花ですが、そのあともドライで楽しむことができます。

ドライに向いているものとそうでないものがあるので、ドライにできるものだけを残して。


9月の半ばに生花だった花は今はこのような感じです。

ドライフラワーの花

ドライでもサイズ感があるので、良い雰囲気です。


生きているもの全てには命があり、限りがあります。

鑑賞のための生花は短いからこそ、すこしでも工夫で長く持たせて、そして終わっていく、散っていく様までも眺めていたいものです。

枯れても綺麗なスワッグ

その朽ちていく過程はとても美しいものです。

日本では独特な表現で花の散り際を表します。

「桜が散る」

「菊が舞う」

「牡丹が崩れる」

「椿が落ちる」

とても風情があり、綺麗ですよね。

桜の花と京都

祖母や母や叔母は俳句をしており、言葉の表し方が美しく、素敵な趣味だといつも思います。(私は到底できなさそうですが)


父からは「美しい日本語を話しなさい」といつも言われていました。

単語を略して言うとよく怒られました。(バスケットシューズ→バッシュなど…)

略することで日本語が乱れるそうで。。。(゜-゜)

師匠と出会ったときは私の言葉使いでとても驚いたそうです。

標準語でも方言でも丁寧に話すことが必要なのですね。


女性なら乱暴な言葉使いをせず、丁寧に美しく、凛と生きたいものです。


綺麗な桜の花

人生の折り返し地点を過ぎて、まだ少し先かもしれないけれども終わりに一日一日近づくことを実感します。


この美しかった花のように終わりは枯れた様になっていても、それは醜いものではなく、生が終わる美しい瞬間だと。

枯れた花

人に見られている緊張感をいつももって、自分自身の歩んできた人生を自分が演じる”ひとり女優”になりたいな、と思う今日このごろです。

枯れかけたチューリップとベスさん
散る間際のチューリップ

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